眞鍋(旧姓 篠田) 京子さん(家政科卒)

家政科を卒業し、私は、宇部短期大学(現:宇部フロンティア大学短期大学部)の保育学科に進学し、山陽小野田市の公立保育園で働いています。(山陽小野田市を離れることなく、ず~っと)教え子が、子どもを産み、親となって保育園に連れてくる・・・。私も年を取ったなぁと、感じるこの頃です。同級生が、孫を連れてくることも!!

小5の娘が、『大きくなったら、保育士になりたい』と、去年からピアノを習いだしました。娘の目から見て、私の仕事が楽しそうに見えるなら、仲間とワイワイ言いながら楽しく働いているからかなぁ。

長年、山陽小野田市に住んでいても、ばったりと同級生と会うことはほとんどなく、同窓会にも参加したことがありませんでした。今年度、同窓会幹事の年ということで、去年初めて同窓会に参加し、今年の同窓会引き受けに向けて、微力ながらお手伝いをすることになりました。私は南校だったので、北高の方とは、『はじめまして』の方もいらっしゃいましたが、同級生というだけで、なぜか勝手に知り合いのように話せるのは図太い神経の私だけでしょうか・・・。新型コロナウィルス感染拡大防止に伴い、今年度の同窓会開催が出来なくなってしまいましたが、準備を進める間にまた新しいつながりができた事は、私にとってよい経験だったなと思います。

今回、同級生の寄稿をお願いするのに、年賀状でしかつながってなかった友だちに、勇気を出して、携帯に残っていた電話番号にSNSで連絡を取ってみました。すると、なんと「え?しの?久し振り~」と、連絡が返ってきました。どうにかLineにまでこぎつけ、連絡が取れるようになりました。とても、久し振りなのに、まるで、高校の時に戻ったかのように普通に話は弾み、コロナのことさえなかったら、「久しぶりに会いたいね~」なんてなるのに・・・。高校の頃のことを思い出す機会は、ほとんどなかったのに、いろいろな人に連絡を取りながら、こんなこともあったなぁと思い出すこともありました。

高校の時の思い出と言えば、お好み焼き。クラブの帰り道、よく食べて帰っていました。店の前を通ると、懐かしいなぁと思いますが、行く機会がありません。あと、「じだんだ」という言葉を今も忘れられません。身体表現の授業で、本谷先生がおっしゃっていた言葉です。私たちが、ステップをしていると、「じだんだ踏まない。」と、よくおっしゃっていました。その頃は、聞きなれない言葉で、「じだんだ」という言葉がとても印象に残っています。結婚し、偶然、同じ自治会に住んでいたので、お会いする機会があり、懐かしく声をかけたものです。

寄稿をお願いした瓜生里江(旧姓栗原)ちゃんは、軟式テニスでペアを組んでいた友だちです。テニス部で、コーチをされていた倉ちゃん(当時60歳ぐらいのおじいちゃん)から、『60年の友』という話を聞き、60歳になっても、テニスをする友人がいると。そんな関係になるといいね~なんて言いながら・・・。私たちも、年をとってもいい友だちでいようねって話していました。(私は、この話を公務員試験の小論文の題が「友だちについて」だったので、書いた記憶があります)

短大が岡山だった里江ちゃんとは、すっかり疎遠になっていたのですが、今回の寄稿のことで連絡を取ることが出来たことは、ラッキーでした。また、60年の友になるつながりが出来たからです。

今年度は、同窓会を開催できず、参加を楽しみにされていた方も残念に思われたことでしょう。幹事の私たちも、開催に向けて同級生の良さを感じながら準備を進めてきただけに、残念でなりません。コロナに負けず、さらに絆を深め、これからも同窓生として関われていけるといいなと思います。